第十四篇 最後に笑うのは
著者:shauna


 「まだ終わってない?どういうことだい?」

シュピアは緩やかにシルフィリアの横を通り抜け、インフィニットオルガンへと向かう。

 「今から丁度6年前。我が屋敷レウルーラに泥棒が入ったことがあります。」
 シルフィリアが静かに語り始めた。
 「泥棒?」
 「ええ・・・その時はたまたま屋敷に街の子供達が泊まりで遊びに来ていて・・・泥棒が入ったとアリエス様に聞いた時も、まずそちらの安全を優先したため、金庫から多数の金品とスペリオルを盗まれてしまいました。」
 「警察には届け出を出したのかい?」
 「ええ・・・もちろん。しかし、容疑者は結局捕まらず、事件は闇の中へ・・・」
 「それはそれは・・・不運だったね。」
 「ええ・・・まあ・・・」

 シュピアが音の止まったインフィニットオルガンを見上げながら言う。
 
 「良ければ、もう一度私が再調査するよ?」
 「そうですか・・・それはありがたい・・・ですが・・・」

 一呼吸置いて、シルフィリアは言う。

 「ところで・・・その前に聞きたいのですが・・・」
 「ん?何だね。」
 




 「私の元から盗まれたスペリオル。それはショルダーキーボード型のスペリオルで名を“アルトルネ”というスペリオルなのですが・・・シュピア様。あなたのスペリオルはなんでしたっけ・・・」







 「・・・ショルダーキーボードだね。」

 しばらく経ってシュピアが答えた。


 「私の元からスペリオルが盗まれたのは2年前になるのですが・・・そういえば、シュピア様。元来魔力が強かったと言われているあなたですが、一時期振るわなかった成績がここ数年は目まぐるしくアップしましたね。・・・ところで、知ってますか。私の元から盗まれたその“アルトリネ”。あれは縮小版のインフィニットオルガンで、魔力の確保さえできればほとんどの魔術を使いこなせる・・・すなわち、使い方次第では凡人でも優れた魔道士になれるスペリオルなのですが・・・ところで、シュピア様。あなたが今、肩にかけてらっしゃるそのスペリオルを手に入れたのは何時ごろのことでしょうか?」


 




 「・・・・2年前だね・・・」











 「最後の一つお聞きします・・・どうやって、そのショルダーキーボードを入手しました?」































 「君のような賢しい娘は嫌いだよ。」























  それまでにないぐらい冷たい表情でシュピアが言い放った。

  手に持っていたケースを展開し、中からショルダーキーボードを取り出してシュピアが構える。


 「やはり・・・何としても殺しておくべきだった。」

 シュピアの指が鍵盤に触れ、演奏が開始される。
 第二楽章が終わると同時にシルフィリアめがけて発射される無数の闇の矢(ダーク・アロー)
 その全てをシルフィリアが『円形防護壁(ラウンド・シールド)』で防ぐものの、後ろで見ていた3人はただただ呆然としていた。

 「シルフィリアさん!!どういうこと!!?」

 サーラの叫びにシルフィリアが応える。

 「まだ、すべての事情が呑み込めているわけではないので、正確には答えられませんが・・・この男・・・『空の雪』の関係者です。」

 その言葉に


 「ハハハハハッ!!!!」


 シュピアが高笑いした。

 「関係者ね・・・なるほど・・・関係者か・・・」

 何が面白いのか分からないがシルフィリアの顔は徐々にキツくなっていく。

 「いやはや失礼。まさか幻影の白孔雀がそこまでバカだとは思わなかったのでね。」

 以後も笑い続けるシュピアにシルフィリアが一言だけ言う。

 「なれば、言い直しましょう。押収したスペリオルを私的に使える所から考えて・・・おそらく『空の雪』の幹部なのではありませんか?」

 その言葉を聞いた途端にシュピアの動きが止まった。

 「ここからは私の予測での話になりますが、あなたは驚異的な魔術の才能を買われ、25歳で魔道学会入りを果たした。しかし、おそらく、30代を超えた時に魔力のピークを過ぎてしまったのでしょう。」

 「そ!!そんなことがあるんですか!!!?」
 ロビンの問いにシルフィリアが頷く。
 
 「幼い頃に急激に魔術を操る才能が開花した者にはよく見られる現象です。一生分の魔力をある一定時期に開放してしまい、その時期には他を圧倒する程の魔術を操れますが、代償として30歳までには魔力が枯れてしまう。そして、あなたの才能は2年前に枯れたのでしょうね。」

 「・・・・・・」

 「ですが、魔力が弱まった魔道士を魔道学会がいつまでも置いておくはずが無い。なにしろ、公的資金で研究費まで出しているのですから・・・そこで、あなたは考えた。『なんとかしなければ』と・・・」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「丁度、その頃のことでしょう。あなたは『空の雪』という組織について知った。高名なスペリオルを大量に収集しているというその組織。あなたはスペリオルによる自身の魔力の底上げを思い立った。伝説クラスのスペリオルともなれば、魔力を十倍に増幅することもできますからね。そして、あなたは見つけた。かつて、研究資料で呼んだことのあるインフィニットピアノの類似品を『空の雪』が回収したことを。だからあなたは『空の雪』へと入団し、その類似品を手に入れることに成功した。それが私の元から盗まれたスペリオル『アルトリネ』・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「そして、あなたは更なる目的を果たすため、水の証とインフィニットオルガンを求めた。違いますか?」

 
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に・・・・賢しい娘は・・・・・大嫌いだよ。」


 再び放たれる魔法をシルフィリアが円形防護壁で防ぎ切る。

 「その通りだ。幻影の白孔雀。お前の言った通りだ。」

 「そんな!!!!」

 サーラが大声で叫ぶ。

 「じゃあ、シュピアさん・・・私達をシルフィリアさんに差し向けたのって・・・」
 

 「行ったはずだよ。『誰も信用するな』と。」


 そう・・・確かに初めて会った時、シュピアはそう言っていた。でも・・・こんなのって・・・・絶望するサーラを追撃するようにシュピアが言い放つ。

 「というより、気が付かなかったのかね。何故、私がシルフィリアがこの街に居ることを知っていたと思う。リア君に調査させたから?馬鹿な!!アリエスを幽閉して脅迫状を送ればシルフィリアが出てこないはずが無いだろ?大事で大事でたまらないたった一つの居場所だ。それに、ここまで言えば気が付くだろう?私が『空の雪』ということは必然的に・・・」

 「リア・ド・ボーモンも『空の雪』の仲間・・・」

 ロビンが茫然と答える。

 「その通りだロビン。いや・・・君も中々に馬鹿だね。君みたいな中途半端なDランク魔法剣士になぜ私があのように接していたことを不思議に思ったことはなかったかね?」

 「そ・・・それは・・・」

 「が、いや実に予想外だったよ。君は中々に優秀な魔道士だった。なぜ私が君に『空の雪』の資料を探すように言ったと思う?それはこの場に居合わせないようにするためだ。しかし、君は思ったよりも数段早く資料を集め終わり、この場所に来てしまった。おかげで、到着と同時に3人に不意打ちを仕掛けて殺すつもりだった私の計画は頓挫し、おまけに私の正体がバレてしまった。これは実にイレギュラーなことだったよ。まあ・・・優秀すぎるからこそ・・・君は今から私に殺されるのだがね・・・」
 
 「やっぱりな・・・」

 最後に呟いたのはファルカスだった。

 「おお・・・君は確かファルカス君だったかい?ロビンから話は聞いてるよ。いやはや、素晴らしい腕前だ。シルフィリアですら気が付けなかった・・・完璧に殺していたと思っていた私の殺気に唯一気が付いていたのが君だった。・・・恐れ入ったよ。」
 「あんたの声・・・どこかで聞いたことがあると思った。だが、今思い出した。あんた・・・数年前・・・あんたは俺達暗闇の牙(ダーク・ファング)を襲ったことがあるはずだ。」
 

 「・・・思い出した・・・あの時のガキが!!・・・これはおもしろい・・・奴らは強かった・・・実にね・・・あの銀色鎧の男は元気か?」
 「黙れ!!」
 
 ブラッドのことを言われ、まるで血液が逆流するかの如く頭に血が昇るファルカス。
 
 「そうかそうか・・・風の噂には聞いていたが、あの男が死んだというのもお前たちが解散したというのもどうやら本当らしいな・・・これはおもしろい・・・」

 青筋を立てるファルカスに笑みを浮かべ、最後にシュピアはシルフィリアへと向き直る。

 「そして、見事だシルフィリア。“幻影の白孔雀”の名は伊達ではないな。君の戦いぶりは後ろの3人もろとも見せてもらったが・・・やはり、その中でも段違い・・・いや、桁違いだった。リオンもクロノもかなりの実力を持つというのに、その彼らどころか魔族まで一瞬で・・・圧倒的だったよ。そして、あのサーラ君が今持っている杖とファルカス君が今持っている剣。さらにボロボロになったはずの魔法具の修繕技術・・・伝説通り・・・いや、伝説以上だよ。」

 「・・・・・・」

 しばらくして・・・

 「なるほど・・・」

 シルフィリアが呟いた。
 
 「やっとわかりました。あなたの目的が・・・」
 「ほう?というと?」
 「私はあなたの目的を水の証とばかり思っていました。しかし、その程度ではなかった。あなたの目的は・・・」
 「そう・・・その通り。私の目的は・・・・全てだよ。」

 両手を広げてシュピアが語る。

 「君のスペリオルの製作技術。君たち聖蒼貴族。その全てを私は欲しいのさ!!」

 シルフィリアの目がさらにきつくなった。

 「クックックッ・・・そして、それだけではない。サーラ君。私は一つだけ嘘をついた。」

 「嘘・・・?」

 

 「私はね・・・君に聖杯を渡すつもりはないんだよ。」


 「!!!」

 その言葉にサーラは固まる。

 「考えても見たまえ。シルフィリアの持つ最強の宝具にしてフェルトマリア家の当主が代々受け継いできた証“聖杯”を誰が君のような年端も行かぬ魔法医ごときに渡すと思うかい?」
 
 サーラが悔しそうに唇を噛んだ。

 「聖杯とはこの世界において最も優れた・・・いわば史上最高の伝説の宝具。そんなモノを貰えると本気で信じるとは・・・少し警戒心を持った方がいいよ?」

 「ふざけるな!!!」
 ついにサーラがキレた。

 「あなたなんかに聖杯は絶対に渡さない!!!今ならわかる!!あれはシルフィリアさんの手元にあっていいもの!!いいえ!!!シルフィリアさんの手元にしかあってはならないもの!!!あなたみたいな欲に駆られた人なんかに絶対に渡さない!!」
 
 「そして・・・あなたは手に入れることは絶対にできない。」

 言葉を継ぐようにシルフィリアが言う。

 
 「なぜなら私は・・・もう聖杯を持っていない・・・」


 その言葉にサーラは驚いて振り返り、シュピアは口元を二ヤつかせた。

 「え・・・持ってないって・・・」
 「あれはある目的のため、使ってしまいました。聖杯はすべての願いを叶え終えると持主の手から離れ、ある場所に封印されます。その場所とは“果て無き黄金の理想郷(アヴァロン)”この世ならざる場所に存在する次元の挟間にして英霊たちが最後に辿り着く最後の理想郷。あなた如きがたどり着ける場所ではありません。英霊どころか、そんなゴミのような思想しか持たないあなたが・・・」

 それに対して・・・



 「アハハハハツ!!!!」




 シュピアが爆笑した。


 「やはり、君は相当な馬鹿のようだ。」

 
 「・・・・・・どういう・・・意味です?」


 「何のために・・・何のために私が今まで・・・6年間も準備を続けたと思う?」

 その言葉にシルフィリアは最深の警戒心を働かせながら考え・・・そして・・・



 「・・・・・・!!・・・まさか!!!」



 「そう・・・その通り。流石私の大嫌いな賢しい娘だ。」

 シュピアが再び演奏を開始する。

 すると・・・

 ―♪♪〜♪〜〜〜♪〜〜♪〜〜―

 それに同調するかの如く、インフィニットオルガンが鳴り出した。

 「クッ『来たれ魔精、闇の精。この穢れた魂に・・・』」

 詠唱している途中にシュピアが再び・・・今度は一度に百本単位の魔法矢を放つ。

 『聖なる護り(スフィア・プロテクション)!!!』

 慌ててサーラが防護壁を張り護ってくれなければ正直言ってかなりヤバかった。

 「私ごとインフィニットオルガンを破壊しようとしても・・・そうはいかないよ。今、私のアルトルネとオルガンを同調させた。これで私は水の証から強大な魔力を得ることができる。そして今・・・インフィニットオルガンとアルトルネは完全につながった。」
 
 恍惚の表情を浮かべるシュピア。

 「さて、まずは仲間を回復させるとしよう。」

 演奏を始め、まず手始めと言わんばかりに全部で6楽章を弾き終える。それと同時にクロノとリオンの体が淡い光に包み込まれた。
 やわらかな光が消え、まずリオンが立ち上がり、続いてクロノの全身から石が剥がれ落ち、生身となって再び動き出す。
 『癒しのメヌエット』・・・シルフィリアの回復術『女神の息吹(ブレス・オブ・ゴッデス)』を旋律として組み込んだ曲だ。
 まさか、自分の作った魔法で苦しめられることになろうとは・・・シルフィリアですら悔しさを隠せない。
 
 「クッ!!!やってくれたわね!!幻影の白孔雀!!!」

 怒りを露わにするリオンに対し、クロノは冷静に言い放った。

 「シュピアさん。聞いてないですよ。あの小娘があんなに強いなんて・・・」
 「すまなかった。だが、おかげで彼女の魔術をひとつ知ることができたよ。ありがとう。」
 「まあ、こうして戻してもらった訳ですし、お役に立てたのなら嬉しい限りですけど・・・」
 「さて・・・シルフィリア・・・幻影の白孔雀にしてスペリオル“インフィニットオルガン”の制作者よ。是非とも、君に見てもらいたいものがあるんだが・・・」


 シュピアが静かに次の曲を演奏する。

  

 ―♪〜♪♪〜♪♪〜♪〜♪〜 ♪〜♪♪〜♪♪〜♪〜〜♪〜〜―



 シルフィリアの警戒心がさらに強くなる。
 
 おかしい・・・こんな曲・・・自分が書いた楽譜の中には無かったはずだ。

 おそらく召喚術の一種であることは間違いないのだが、何を召喚するつもりなのかはまったくわからない。

 否、わかっているのだが、認めたくない。そんなことができるはずないと・・・

 後ろからロビンとサーラが必死にインフィニットオルガンめがけて魔法を打ち込むが、水の証の力を受けたリオンとクロノの防護魔法の前には所詮遊戯にしかならない。

 そして・・・

 約3分間・・・かなり長い演奏が終わった。

 それと同時にインフィニットオルガンの鍵盤の上・・・ちょうど紋章が刻まれている辺りが輝き始める。見たことも無いほど複雑な魔方陣を描きながら何かが召喚され始めているのだ。


 その光はゆっくりと・・・まるで包装したリボンを解くように柔らかく優雅に消えていき・・・そして・・・




 姿を現したモノにシルフィリアは目を疑った。



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